■“戦場”からの脱出
5月19日午前5時20分前後、武装した国軍兵士がロイヤルホテルの正面玄関からロビーに突入。その生々しく恐ろしい光景は、BBC他のテレビ網で世界に報道された。
その画像の中で、突入した兵士がカメラに向かって「NO!」と叫んでいるのがはっきりと聞き取れるが、そこでビデオをかまえていたのが欧米人のカメラマンだったからであろう。もしタイ人やアジア系カメラマンだったら、「NO!」ではすまなかった、という気がする。
午前5時きっかりに始まった国軍兵士による掃討射撃から逃れるために、王宮広場前やラーチャダムヌーン通りからロイヤルホテルに逃げ込んだ人々がホテルの客室に安全を求めて殺到してきていた。恐怖からパニック状態に陥っており、「助けて!」と叫びながら、次から次へと客室のドアを叩いている。
部屋の中にいたタイ人たちと、目と目で相談する。すでに廊下まで国軍兵士が来ている可能性があり、決断に戸惑った。しかし、意を決してドアを開けると、電気を消した暗闇の部屋に沢山の人が倒れ込むように駆け込んで来た。電気を点けてみると、30人近くの人々が狭い部屋の中にいたのである。
若い女性が、「下で女性が兵士に撃たれた」と泣きながら叫ぶ。それをなだめて、静かにさせる。兵士に聞こえたら、大変なことになるからだ。
彼らを部屋に匿ってから十分しないうちに、廊下から国軍兵士たちの荒々しい怒鳴り声が聞こえた−−「出てこい!」。ドアを軍靴で蹴っている音もする。部屋の中の全員が緊張する。囁き声で相談し、絶対にドアを開けないことにした。
幸いだったのは、部屋はロイヤルホテルの新館の4階で、国軍兵士が突入した正面玄関からは一番遠く、兵士の数が少なかったこと。何度かドアを蹴られたが、開けないでいると、兵士たちの軍靴の音が去って行くのがわかった。
しかし、それで終わった訳ではむろんない。一時間ほど後、兵士たちはホテルの従業員を連れて、部屋ひとつひとつをチェックしにやって来たのである。従業員の「ホテルの者です、開けてください」の声に、部屋中で一番旅行者に見えそうな身形のいい日本人がドア・チェーンをかけたままドアを少しだけ開けることにした。
案の定、その背後にはM16を抱えた国軍兵士数名が立っていたので、「日本人旅行者だ。大変怖い思いをしている」と従業員に英語で話す。すると、従業員の「ここにはいない」という顔に納得したのか、兵士たちは次の部屋に移っていった。
最終的に3回同じようなチェックがあったが、どうにか中に30人以上の人々が潜んでいるのを見つからずにすんだ。ホテルのロビー上の本館では、ジャーナリストらの泊まっていた部屋数室が蹴破られ、匿っていた人々が連れ去られている。
部屋に匿った人々の職業は様々。中には水色の制服姿の都バスの運転手もいて、とてもホテルの客には見えず、安全に逃がすのはどうしようかと頭が痛かった。まだ、外には拘束された大勢の市民たちがいる。男性は上半身を裸にされて、着ていた服で手首を縛られ、女性はロイヤルホテル前の歩道にうつぶせにさせられていた。
ホテルの内外にいた国軍兵士がようやく引く気配を見せ始めたお昼近く、女性、身形のいい人から連れて部屋を出てロビーに降りた。英語で会話し、外国人観光客とそのガールフレンドを装う。ホテルの本館と新館の間の廊下には兵士がまだ見張っており、汚れたTシャツなどを着ている人間を捕まえ、連行していたからである。
ホテル内にいる兵士と目が合うと、睨まれたが、部屋の鍵とポットを手にして飲み水をもらいに行くふりをしたので、誰何されることはなかった。
19日午後になり、国軍が検束を中止して、捕まえた市民たちをトラックで護送し始めたのを見届けてから、件のバス運転手らを部屋から出して逃がす。全員を無事に逃したときは、午後1時を回っていた。
昨晩まで“野戦病院”だったロイヤルホテルのロビーには、将校クラスの軍人と報道陣だけが行き来している。ホテルの事務室で、かつて70年代のタイの学生・反日運動の指導者チラユット・ブンミーが国軍幹部と話をしていた。彼はスチンダー首相退陣・民主化要求の市民の“後見人”としてこのホテルにとどまったため、そのときは緩い身柄拘束の状態にあった。現在は社会評論家として知られている彼は、その経歴とネームバリューから軍部に対して、捕まった市民の処遇について多少のネゴシエーションが可能だったのである。
ロイヤルホテルのロビーから外に出て、唖然とした。まるで、戦場の跡である。朝まではここにM16のカートリッジ式弾倉が山のように落ちていて、清掃人がそれをそれを箒で掃いていたという。夥しい数の弾丸が、ラーチャダムヌーン通り、ロイヤルホテル、王宮前広場の周辺を飛び交ったのだ。
最後の掃討射撃で、一体何人の市民が倒れ傷ついたのか−−想像すると怖い。また、国軍兵士たちはそれまでと違い進撃しながら発砲していたわけで、市民の誰かが撃たれて倒れても、周囲が助け起こしたり、その生死を確認することは不可能に近かっただろう。
身分を証明するものを何ひとつもっていなかったので、ロイヤルホテルの鍵を検問の兵士にチラつかせ、20時間ぶりに“戦場”の外に出た。
(つづく)