バンコク・ドキュメント

 惨劇と化した5月の3日間 (第23回)

 

 


■野戦病院と化したロイヤルホテル

 ロイヤルホテルのロビーにいた人々の中では、「最終的にはこのホテル内部も“クリア”されるだろう」という噂が立っていた。まだ、本格的な銃撃があったわけではないが、ときおり、遠くから散発的なM16の銃声が聞こえてくる。

 そんな雰囲気に、中には、とくに女性を中心に、ロイヤルホテル周辺から引き上げるグループも出てきた。NIDA(国立行政大学院)の教員グループが、その中の1人の親戚の家がたまたまロイヤルホテル裏にあるということで、安全のためにそこに引き上げていった。彼らから一緒に行くように誘われたが、何が起こるか見届けるためには、現場を離れるわけにはいかない。しかし、最悪のケースを想定して、その家まで行って場所だけは確かめておくことにした。

 ラーチャダムヌーン通りでは放火された自動車が炎上しているのに、ホテル裏の路地はまだ人々がのんびりと歩いていた。ホテル裏には小さなスラムがあり、その道は結構人通りが多いのである。その路地がタナオ通りにぶつかる角にその家はあり、同通り入った所には国軍兵士の姿があった。

 タナオ通りは古い商店街で住民も多いため、国軍は検問を実施し、住民とわかればその角からラーチャダムヌーン通りの方にも入れていた。ここでも、ラーチャダムヌーン通りに通じる道路は封鎖しているのに、ホテル裏の路地など王宮前広場方面に南側から入るのは全くの野放し状態という、国軍の不思議な警備状況を確認できた。NIDAのグループを迎えたその家の女主人が一言、「怖いわ」といっていたのが印象に残る。

 

 

 再びホテルに戻る。午後8時を過ぎると、狭いロイヤルホテルのロビーは肩と肩が触れ合うような混み方となった。何か危険の兆しを感じてこの“シェルター”に逃れた市民たち、ベータカムを肩に乗せたCNN他の海外テレビ局クルー、そして運の悪いことにその日そこに泊まっていた観光客……。

 右手の奥にあるコーヒー・ショップは、パニック映画の一シーンのようだった。テーブルは満席だが、料理材料がなくなってしまっているので、あるのは水道水だけ。瓶入り飲料水もなかった。何も乗っていないテーブルを囲み、不安そうに話しているグループ、テーブルに突っ伏して眠っている人々……。

 その中で、ロイヤルホテルのオーナーの1人らしい中年男性が、帰りたくても帰りにくくなった勤め明けのホテル従業員たちと話し合っていた。話を聞いていると、古い建築だけに火災が発生したら怖いと感じているらしかった。そのオーナーらしき男性が携帯電話で誰かに電話する。「もう充分だ。市民側はもう勝っているよ、これ以上騒ぐことはない……」。ロイヤルホテルは、周辺に集まっていた市民に対して全面開放に近い協力をしていたが、内心は穏やかでないものがあったろう。

 

 

 午後9時少しすぎ、ロビーの床に座ってタイの雑誌記者と話しているとき、パンパンパンというM16自動小銃独特の発射音が外でした。同時に外で人々のどよめきが聞こえ、ロビー内の人々も総立ちになる。18日未明に続き、再びの惨劇が始まったのである。

 外を見ると、ホテル正面前に市民たちが走り込んできている。ラーチャダムヌーン通り民主記念塔付近の国軍の阻止線から直線で見通せる場所から退避しないと、撃たれてしまうからである。数分後、最初の負傷者がホテルのロビーの“野戦病院”に運び込まれてきた。中年の婦人で、見た所は外傷がない。おそらく、発砲に驚いて逃げるときに転倒して、他の人の下敷きになったのであろう。

 しかし、その次の負傷者からはほとんどが若い男性で、血を流している。シリラート病院の若い医師たちが、ロビーの“野戦病院”スペースに野次馬が入らないように怒鳴る。ロビー内にいた市民には、「ホテル内では走るな、たばこを消せ」などのメッセージが口コミで伝えられていく。ホテルの入口には手をつないだ男性が4〜5人立ち、外からあわてて走り込んでいる人をつかまえて、歩く速度に落とさせる。そうしないと、ロビー内で人と人の衝突事故が起きて危険だからである。

 銃撃は、インターバルを置いて、何回も続いた。一度に20−30丁の自動小銃が一斉に火を吹いているようだ。脇から支えられて歩いて来る程度の負傷者が多かったのが、歩行不可能な、重傷の負傷者の割合がだんだんと多くなって来る。中にはすでに絶命しているかのように、まったく動かない負傷者もいる。修羅場としか表現しようのない状況だった。


(つづく)


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