バンコク・ドキュメント

 惨劇と化した5月の3日間 (第17回)

 

 


■未明の赤い曳光弾(3)

 5月18日未明、午後4時20分前後。パンファー橋の上からの、突然の曳光弾の発射。間髪を入れずに“最前線”に座り込んでいた市民に対して国軍兵士がM16などの自動小銃で水平射撃を行い、多く人々ががなぎ倒された−−その恐怖の光景は、そこに居合わせた多くの内外のジャーナリストも目撃している。


 あるバンコク・ベースの日本人フリー・フォトジャーナリストもその一人で、彼はその恐怖の瞬間にパンファー橋のたもとの“最前線”にいた。彼の記憶によると、国軍兵士が橋の向こうからやって来たなと思うと間もなく、先の曳光弾が空を走り、直後に何の警告もなしに突然市民の方に銃を向けて発砲を始めた。橋のたもとに座り込んでいた市民の隊列の中から3、4人がその射撃を受けて路上にバタッと倒れ、その内の一人は即死状態だった、という。



 「チュアイ・ドゥアイ(助けてくれ)!」と叫んでいる、負傷して路上に倒れている市民に対して、周囲は成す術がなかった。国軍の銃口が、目と鼻の先で光っているのである。その極度に緊張した状況の中で、彼は夢中でその即死したと思われる市民の死体の写真を撮った。ところが、それを見咎めた国軍将校が歩み寄って彼を誰何し、外国人ジャーナリストとわかると撮影済フィルムを没収、カメラやレンズ、果てはパスポートまで押収してしまった。貴重な撮影済のフィルムを没収されたのは彼だけでなく、何人かの外国人フォトジャーナリストも同じ目にあっている。いくつかの戦場を経験している歴戦の彼らの中からも、「なぜ、ラバー・ブレット(ゴム弾)じゃないんだ」という戦慄きの声が聞こえた、という。



 この事実は、国軍兵士が市民に対して無差別発砲しているという混乱状態の中でも、国軍のある部分はジャーナリストの動きを注視している余裕すらあったことを物語っている。5月のスチンダー首相退陣と民主化を要求する市民の運動について、当局は海外にニュースが伝わらないように衛星放送へのタイからの送信を露骨に制限したりしていた。そのような当局の方針が、驚いたことにこのパンファー橋での“最前線”の混乱の中でも徹底されていたのだ。いいかえれば、国軍兵士による最初の無差別発砲は確実な計算の上に意図されたもので、事後の対策についても手筈が整えてあった、と見るべきなのである。


 日本人フリー・フォトジャーナリストのカメラ類を押収したのは、そのとき“最前線”に配備されていた陸軍対空警備部隊の将校であった。ラーチャダムヌーン通りに座り込んでいた市民の恐らく全員が目撃した、まだ暗い夜空を走った赤い曳光弾は、恐らくこの対空警備部隊の装甲車装備の対空機関砲から発射されたものであろう。


 その曳光弾の発射が、今回の『パイレー・ピナート(敵殲滅)作戦』のZ旗代わりに使われたとことはほぼ間違いない。兵士たちはそれを合図にM16自動小銃による無差別発砲を開始し、兵士の隊列に隠れるようにしてその隙間から将校たちは小口径の11ミリ自動拳銃で市民たち、とくに指導者層をねらい撃ちした。18日未明の国軍兵士の数回に渡る銃撃の中で死亡したあるNGO活動家の死因は、頭部を直撃したこの小さな11ミリ弾であった。自動拳銃からの11ミリ弾が充分な殺傷能力をもつ、かなりの至近距離から撃たれたということである。


 国軍は、市民に対する兵士の発砲は「暴徒を鎮圧するための威嚇射撃だった」、とくり返した。また、「水平射撃はパニックに陥った経験不足の数人の兵士による偶発的事故である……」、と。これは、現場を見ている人間にはジョークとしかとれない発言である。

 隊列を組んでいる兵士が一斉に前方に水平射撃を行えば、当たり前の話だが、前にいる兵士を誤射してしまう可能性は極めて高い。また国軍兵士たちが予め首にスカーフや手首にハンカチを巻いていたのも、市街戦の混乱状態での相い打ちを防ぐためである。つまり、隊列の最前列以外が空に向けた発砲を行うのは、威嚇そのものを目的のためにそうしているのではなく、市街戦における必然性なのだといってよい。国軍は、それをうまく威嚇射撃にまつわる詭弁に使ったわけである。


 この計算された最初の発砲が行われたとき、前述のようにスチンダー首相は訪問先の北部タイからすでにバンコクに戻っている。そして、作戦の最終的なゴー・サインを出したと思われる。しかし、この作戦には誤算があった。


 それは18日未明の最初の発砲で国軍が強硬姿勢を見せ、多少の死傷者が出れば、ラーチャダムヌーン通りに座り込んでいた市民の大半はおののき、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す−−と読んでいたと思われることだ。ところが、市民たちは座り込んだまま動かなかった。この誤算がそれからの国軍の無謀ぶりに拍車をかけ、カタストロフィに向かって突っ走らせることになる。



(つづく)


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