バンコク・ドキュメント

 惨劇と化した5月の3日間 (第7回)

 

 


■平和ムードの日曜日集会/混乱の3日間最初の日

 17日朝のタイの各紙は、プッタモントン(仏教公園)で行われたウィサカ・ブチャー(仏誕祭)に行幸中のプラテープ(シリントーン)王女の写真を載せた。敬愛されている王族の一人が釈迦の誕生を祝う−−国民の多くが仏教徒であるタイでは、安寧そのものを象徴するような光景である。日曜日の朝、家庭で新聞を読んだいた市民のどれだけが、当夜から始まる運命にあった混乱の3日間を想像していただろうか……。

 17日の王宮前広場で目立ったのは、緑色だった。『サマパン・プラチャーティッパタイ−−民主主義連合』が用意した白地に緑の、紙の小旗が王宮前広場全体で打ち振られていたからである。「平和的手段で民主主義を」と書かれたその小旗はデザインがあか抜けており、一見してプロの手がけたものだとわかる。結成を発表してからわずか3日でこれだけのものを用意できることは、『民主主義連合』に幅広い人脈が結集していることを意味している。

 しかし午後4時ごろまでは、広場北側に作られていた中央ステージに向かって座っていた人々の列には、まだ隙間があった。このままだと、これまでで最高の人出を記録した9日の民主記念塔前の座り込みには及ばないかもしれない、と思わせる。というのは、17日の集会を盛り上げるために組まれた、15日、チャトチャック公園での「民主主義のためのコンサート」への参加者が意外に少なかったからだ。コンサートのいまひとつ盛りに欠ける雰囲気から、5月4日のジャムロンのハンスト宣言以来、連日連夜続いていたスチンダー首相退陣要求運動の疲れのようなものが感じられた。

 だが午後6時を回るころになって、王宮前広場にやってくる人の数が急激に増えた。グループでの参加者が、どこか別の場所で待ち合わせてから広場にやって来ているのだろう。人が犇めいている王宮前広場で落ち合うのは、まず無理な話だからだ。  辺りが夕闇に包まれるころには、広場の北半分は立錐の余地もない状態となった。広場をめぐる環状の遊歩道も、水や食べ物の屋台で埋めつくされてしまっている。人の息れと熱気で、暑い。プラスチック・ボトル入りの水が、飛ぶように売れていく。

 そういえば、それまでいつも来ていたバンコク都の移動トイレ車の姿が見えない。軍部が17日のスチンダー首相退陣要求集会の気勢を削ぐために用意した都内2カ所で行われた「干ばつ救援コンサート」に回されてしまっていたからである。また、その一部は王宮前広場での集会に使わせないように陸軍の敷地内に留め置かれていた、ともいわれる。その軍部の姑息な手段に、集会ではそれに抗議する声があがっていた。

 午後7時過ぎには、『民主主義連合』主催の集会はそれまでの最高、約20万人の人出を記録。中央ステージでは、平和そのものといえる内容で集会が進められていた。バンコクの女子高校生代表がスチンダー首相の退陣を訴え、人気歌手エット・カラバウやスースー・バンドが歌う。

 実はこのエットと、スチンダー首相退陣要求運動の一翼を担っている新希望党チャワリット党首とはある関係で結ばれている。チャワリットがまだ国軍最高司令官だったころ、彼は軍部によるイサーン(東北部タイ)緑化運動「イサーン・キィヤウ」を興し、キャンペーンでライフ・ソングの歌い手たち(社会的メッセージを歌う歌手)に協力を求めた。彼らを集合させて軍スタジアムでチャリティー・コンサートを催したり、そのテープを売って「イサーン・キィヤウ」の資金作りをしたり。どちらかというと反体制的なライフ・ソング歌手をまとめ、軍部主導のコンサートに参加させたのが、このエットである。



■ジャムロンは一人で小集会

 王宮前広場の遊歩道で、かつて日貨排斥運動を指導した学生活動家で現タマサート大学講師のティラユットに会った。「日本ではこのくらい人が集まると、興奮するかい」と、彼から開口一番こう聞かれた。彼は今回の首相退陣要求市民運動の主体には名を連ねてはいないが、マスコミを通じて援護射撃を行っていた。彼は今は首相退陣要求運動側にいる前述チャワリットやプラソン元新希望党幹事長に弾圧され、チュラーロンコン大学講師の座を追われたことも。つまり、今回の退陣要求運動では、過去に確執があった人間たちが同舟しているわけである。

 王宮前広場のちょうど真ん中、中央ステージと反対側の暗がりに回ってみると、男が宣伝カーの上に乗って話しているのが見えた。近づいてみると、これがジャムロン。かなりの数の人々が彼を囲んで話を聞いており、第二ステージという感じになっている。この周辺はもう中央ステージの音が聞こえない。

 訥々とした話し方ではあるが、ジャムロンは実に饒舌。おそらく王宮前広場で人が集まりだしたころから独自集会を張り、ずっと話し続けていたのだろう。暗がりで彼を囲む聴衆も、じっと聞き耳を立てている。中央ステージの和らいだムードとは違い、この暗がりには何となく張り詰めた雰囲気があった。

 この後、このジャムロンの周囲にいた人々が真っ先にデモに出発、パンファー橋で警官隊と二度目の対峙を見るのである。


(つづく)


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