「民主主義キャンペーン委員会」と開発NGOグループのふたつの潮流とほぼ意見を同じくしていたのが、パリンヤー代表率いる「タイ学生評議会」である。1973年の学生革命を主導した大学生から高校生までの「タイ学生センター」が76年の反動クーデター『血の水曜日事件』で非合法化されて以来、タイでは学生運動をひとつに結ぶ「結集軸」は存在していなかった。
しかし、この「学生評議会」は4年生大学生中心の連絡組織としては機能しており、最近は特に環境問題で16大学連合を組織するなどして活発に活動していた。今回のスチンダー首相就任直後から「反対」の声を挙げてきていたが、それが『血の水曜日事件』のような虐殺事件を誘発するきっかけにされることを避けるべきだと主張し、整然とした運動を行ってきていた。開発NGOとの関係も深く、慎重に「首相退陣要求」運動を進めるという点で共同歩調をとっていくことになる。
開発NGO、「民主主義キャンペーン委員会」、「学生評議会」のリベラルで慎重な潮流には、たくさんの市民が合流してきていた。
その中の一つの団塊が、学生革命から『血の水曜日事件』までの民主化時代の雰囲気を肌で知っている世代。大学教員やビジネスマンなど、社会の中堅として活躍しており、今回の運動が「中間層の氾濫」と呼ばれる状況を担った人々である。彼らにとって、経済性長を遂げているタイで未だに幼稚な政治介入ゲームを繰り返している軍部は不快そのものの存在であり、今回の運動には民主化時代の雰囲気の再現も感じられ、熱心に参加していったという背景があるに違いない。
5月4日の集会に参加していたのは、むろん前述のような人々だけではない。近所からつっかけでやって来た、という感じの朴訥な感じのおじさんおばさんたちも多かった。また、日々の生活に失望しているようなアングリーな感じのワイルン(10代を中心とする若者)たちの姿も目立った。「スチンダーは今すぐ出て行け」を鮮明にし、当日「死を賭してハンストする」と宣言したジャムロン前バンコク知事・パランタム党党首のアジテーションに一番敏感に感じたのは、恐らくその彼らでなかったのではないだろうか。
ブンチュー連帯党党首、チュアン民主党党首、チャワリット新希望党党首も登場して市民にアピールしたが、ジャムロン前知事の不思議な人を酔わせるカリスマ性の前には色がなかった。
彼が、したためたばかりという「辞世の手紙」を読み上げると会場の数万の市民の興奮は最高に達した。むろんジャムロンも運動にあたって「アヒンサー(非暴力)、サンティウィティ(平和的手段)」を第一に唱えているが、彼はそこに「無抵抗だが不退転」という意味を付加しているように思える。スチンダー首相にとって本当の政敵は「先輩」チャワリット新希望党党首であることは確かだが、アジテーターとしてはジャムロンの方が数段恐い存在であることを見抜いていたのかいなかったのか・・・。
このとき、主催者側、中間層そして若者や庶民層の参加者までジャムロンに対する評価はそれぞれ様々だが、これからの「首相退陣要求」の市民運動はしばらく彼が牽引していくに違いないという熱っぽい雰囲気は一様に感じていたに違いない。
5月4日、「スチンダー退陣要求」市民運動の戦いの狼煙が上がったのである。
■国会前から再び王宮広場へ
タイ国会議事堂は、バンコク市民に親しまれているカオ・ディン(ドゥシット動物園)裏にある。国会前のウトーンナイ通りを通過するバスは70番一本、普段は散歩に適した静かな道である。
しかし、5月6日からこの通りは一転して熱い人のいきれが充満する道となった。
4日に完全ハンスト宣言をしたジャムロン前バンコク知事他が中心のスチンダー首相退陣要求の市民運動が、同日国会で行われる同首相の政策発表に国会外で抗議の意志を示すため結集を呼びかけていたからである。野党4党もそれに呼応し、国会自体には出席するが、首相が登壇したらそれをボイコットし議場の外に出る、と表明していた。
よって当日、国会前に集まった市民の関心はジャムロンのハンストの行方、野党議員たちがちゃんとボイコットをするか、にあった。
ハンスト3日目に入ったジャムロン自らは、「話しかけられても応えないので、悪しからず」という張り紙をし、黙って動物園の壁にもたれ座り込んでいる。
そして最終的に、今回の「首相退陣要求」運動の狼煙に火が灯されたのは、5月4日。王宮前広場の集会において、ジャムロン前バンコク知事が「完全ハンスト宣言」を行ったときだと言える。
仏教界は今回の事態に沈黙していたが、ジャムロンのハンストを公然と支持した僧もいる。ブリラム県でコー・ジョー・コー(森林局と軍部による農民強制囲い込み)に反対しているプラジャック僧で、同僧がジャムロンに対してかけた言葉がバンスト現場に掲げられていた。
「私の心はヨームと同じだ」
ヨームとは僧が在家を呼ぶときに使う言葉だが、タンマ(正法)の教えを説くべき僧が在家と同じ考えだと認める発言は、何気ないように思えるがタイ仏教においてはかなり衝撃的なもの。保守的な仏教者なら、これだけで同僧とジャムロン批判に回る。
果たして野党議員たちは議場から出て、国会前の市民運動のステージに拍手で迎えられ登壇した。
(つづく)